力まずに、強くなる。自然体でいることが経営にもたらすもの

Writing by Yumi Asari

組織変容 リーダーシップ

ものごとの深いところには、やさしさが息づいています。

そのやさしさは、あらゆる場所に宿っています。
ときには、私たちにとっては思いがけない場所に、静かに息づいているのです。

世界は、ときに厳しく、否定的に感じられることがあります。
それでも、私たちが寛大さと忍耐を失わずにいれば、
そのやさしさは、いつか必ずその姿を現わすのです。

人の魂の深いところには、そのやさしさの存在を必要としている何かがあるように思えるのです。

私たちの内には、それを本能的に待ち望んでいる何かがあり、
そのやさしさに触れた瞬間、私たちは信頼し、自分自身を開いていくことができるのです。

There is a kindness that dwells deep down in things;
it presides everywhere, often in the places we least expect.
The world can be harsh and negative,
but if we remain generous and patient, kindness inevitably reveals itself.
Something deep in the human soul seems to depend on the presence of kindness;
something instinctive in us expects it, and once we sense it we are able to trust and open ourselves.

── JOHN O’DONOHUE
Excerpt from his books, Benedictus (Europe) /
To Bless the Space Between Us (US)

経営者やリーダーが、自分の内面を見つめ、認識のあり方を変えていくこと。
それは、事業や組織を率いるうえで、どのような意味を持つのでしょうか。
そしてその変容は、新しいパラダイムを生きることに、どのようにつながっていくのでしょうか。

本シリーズでは、Healing Flowとご縁のある方々の言葉を通じて、その問いを一人ひとりの実感とともに探っていきます。

今回お話を伺ったのは、株式会社フーディソン代表取締役CEOの山本徹さんです。

フーディソンは、「生鮮流通に新しい循環を」をビジョンに掲げ、飲食店向け生鮮品EC「魚ポチ」、鮮魚専門店「sakana bacca」、食品業界に特化した人材サービスなどを展開。2022年には東京証券取引所グロース市場への上場も果たしました。

山本さんがセッションを受け始めたのは、2021年のこと。上場を含む大きな変化の時期に、自らの内面と向き合うことは、山本さんにとってどのような意味を持っていたのでしょうか。

経営者としてのあり方が変わっていく歩みを、山本さんの言葉からたどります。

株式会社フーディソン 代表取締役CEO 山本 徹 Tohru Yamamoto

1978年埼玉県生まれ。北海道大学工学部卒業後、不動産デベロッパーを経て、2003年に株式会社エス・エム・エスに創業メンバーとして参画。東証マザーズIPO後の成長フェーズまで、人材事業のマネジメントや新規事業開発に携わる。2013年に株式会社フーディソンを創業し、代表取締役CEOに就任。2022年12月、東京証券取引所グロース市場に上場。

経営の壁と、内省の始まり

まずはじめに、Healing Flowとの出会いのきっかけを教えてください。

きっかけは、経営者として大きな壁にぶつかり、自分自身と向き合う必要性を感じるようになったことでした。

フーディソンでは2015年にシリーズAで10億円を調達したのですが、その後の数年間は事業が思うように成長せず、メンバーの離職も出始めていました。それでも当時の私は、問題の原因を自分の外側に求めていたんです。

転機になったのは、360度評価で「社長に向いていない」「スイッチが入ると手をつけられなくなる」と厳しいフィードバックを受けたこと。そして、信頼していた責任者メンバーから退職の意向を伝えられたことでした。そこで初めて、「起きている問題の原因は、自分の中にあるのかもしれない」と考えるようになったんです。

そこから、どのようにご自身と向き合い始めたのでしょうか。

まず始めたのは、毎日の内省日記でした。

自分の感情や反応を書き留めながら、どんなときに心が揺れ、それがどんな行動につながるのかを観察する。その積み重ねを通して、少しずつ自分を客観的に見れるようになっていきました。

一方で、続けるうちに「誰かのサポートを受けた方が、より深い内省ができるのではないか」と感じるようにもなりました。そのことをメンターのような存在であるReapra Venturesの諸藤周平さんに相談したところ、Healing Flowの大野さんを紹介していただいたんです。

それから現在に至るまで、気づけば5年以上セッションを続けています。

自分の中にいる「軍人」に気づく

セッションでは、どんなことを話してきたのでしょう?

セッションは毎回、「今日の意図は何ですか?」という大野さんの問いかけから始まります。それに対して、たとえば「ある出来事に対して、どうしてこんな感情が湧いたのかを知りたい」といった問いを持ち込み、そこを起点に内面を掘り下げていくことが多かったです。

印象的だったのは、話題は毎回違っても、対話を深めるうちに同じテーマに辿り着くことが何度もあったことです。その多くは、幼少期の体験や親との関係性にまつわるものでした。

そうやって過去と現在のつながりを見つめながら、自分の中にある思考の癖や痛みに気づき、受け止め、癒していく。そんなプロセスに伴走してもらってきました。

今も印象に残っている言葉や気づきはありますか?

まず思い浮かぶのは、「軍人モード」というフレーズです。

大野さんは、私の中に「戦場で生き抜くために、休むことなく戦い続ける軍人のような一面があるのではないか」と見立ててくれました。自覚するまでには時間がかかりましたが、振り返れば仕事上のさまざまな問題にも、「軍人モード」の影響が表れていたように思います。

たとえば組織で問題が起きると、私は「目の前に敵がいる。今すぐ撃たなければ」と、一気に臨戦態勢に入っていました。だから相手が「まずは状況を整理します」といった慎重な言葉を口にすると、「なぜ今すぐ動かないんだ」と感じてしまう。自分の危機意識やスピード感を、周囲にも求めてしまっていたんです。

名付けることで、自分の状態を捉えやすくなったんですね。

そうですね。そして「なぜ軍人モードが生まれたのか」を掘り下げるうちに、自分の根底にある「評価されなければならない」という価値観も見えてきました。

思えば私はずっと、期待に応え、成果を出すことで自分の価値を証明しようとしてきました。そのパターンが無意識に働き続けた結果、必要のない場面でも自分を戦闘状態に追い込んでいたのだと思います。

そのことに気づいてから、何か変化はありましたか?

「評価されなければ」という思い込みを、少しずつ手放すようにしていきました。

たとえば、初対面の場で自分を無理に良く見せようとしない。プレゼンの場でも、「自分が思うほど、評価の目にさらされているわけではないかもしれない」と考えてみる。そうした積み重ねのなかで、「自然体でも大丈夫なんだ」と感じられる場面が増えていきました。

その過程で印象的だったのは、大野さんが「評価されなければ」という価値観や軍人モードを、一度も悪者扱いしなかったことです。むしろ、それもまた私のギフトなのだと表現してくれました。

軍人は、戦場では大きな力を発揮します。その力を否定するのではなく、必要な場面で使い分けられるようになればいい──大野さんとの対話を通じて、そう思えるようにもなってきました。

自分の中にあるさまざまな一面を切り離さず、どれも自分の一部として受け止められるようになること。言葉にすると簡単ですが、それって本当に幸せなことなんですよね。

自動運転から、意識的な運転へ

自分自身との関係性について、今はどんな感覚がありますか?

頭の少し上あたりにもう一人の自分がいて、自分の癖を俯瞰しながら自らを運転しているような感覚があります。

車にはそれぞれ癖がありますよね。ブレーキが効きにくいとか、左に寄りやすいとか。その癖がわかっていれば、それに合わせた運転ができます。

以前の私は、自分という車の癖を知らないまま運転をしているような状態でした。むしろ、自分でハンドルを握っていることにすら気づかず、無意識のパターンに突き動かされるままに動いていた。いわば、自動運転のような状態だったのかもしれません。

一緒に働くメンバーは、その変化をどう受け取っているのでしょうか。

創業初期から一緒に働いているメンバーからは、「別人みたいに変わった」と言われます。以前よりおおらかになった、と言われることも多いですね。

「おおらかになった」という言葉は、ご自身の感覚とも重なりますか?

そうですね。ただ面白いのは、それでいて前よりも強くなっている感覚があることなんです。 

以前の私は、「今の自分では足りない」「このままではダメだ」という自己否定感や不足感を原動力にしていました。そこから生まれる力は確かに大きかったのですが、同時に自分をすり減らしてもいたと思います。

一方で今は「こっちに進みたい」という内発的な思いを軸に、より自然で持続的なエネルギーで動けるようになりました。会社経営は長い時間軸の営みだからこそ、今のあり方の方が合っていると感じますね。

とはいえ、以前のような力も必要な時には出せる。力の出し方が一つではなくなったことで、強さの質がしなやかになった感覚があります。

自然体でいることで生まれる「軽やかさ」

以前より力まず自然体でいられるようになった、とも言えそうですよね。そうした変化は、日々の生活にどう影響しているのでしょうか。

一番大きいのは、昔よりもずっとたくさんのことをしているはずなのに、疲れなくなったことです。

たとえば昨年から1年間、毎週土曜日は寿司職人養成学校で朝から夕方まで寿司を握り、そのあと仕事をして、さらにジムにも行っていました。客観的に見ればかなり予定を詰め込んでいますが、不思議と疲れないんです。

山本さんが握った、梅肉をあしらった真鯛の寿司

以前は「経営者としてこう見られなければいけない」という意識が強く、言葉一つひとつを慎重に選びながら、自分を演じていたように思います。でも今は、肩肘張らずに人と関われるようになったことで、ずいぶん楽になりました。

そうした感覚は、会社づくりにも影響していますか?

力みが抜けたことで、「自分たちは何を大切にしたいのか」を、以前よりも素直に表現できるようになった気がします。

たとえば、新年にみんなで書き初めをしたり、オフィスで餃子を焼いたり。経営効率だけを考えれば、「その時間があるなら営業した方がいい」という見方もあるかもしれません。

でも、フーディソンのミッションは「世界の食を楽しく」です。そのミッションを本気で掲げるなら、みんなで楽しく食を囲むことが、言葉で語る以上に強いメッセージになりますよね。

もちろん数字は大事ですが、数字では測れない大切なものもある。そこにもリソースを割ける余裕を持てるようになったのは、経営者として大きな変化だったと思います。

自分との関係が、組織との関係を変えていく

ご自身の経験を通じて、経営者やリーダーが内面と向き合うことには、どんな意味があると感じますか?

自分自身をうまく扱えないまま、組織をうまく率いることは難しいと思うんです。

自分がどんな場面で、どんな反応をしやすいのか。それを理解していないと、正しく判断しているつもりでも、知らないうちに偏った方向へ進んでしまうことがあるからです。

だからこそ、自分を理解し、乗りこなしていく力は、経営や組織づくりの土台になるのではないでしょうか。

また、経営者がありのまま生きられていない状態で、組織に心理的安全性を育むことは難しいのではないか、とも思います。

メンバーが自然体でいられる組織をつくるには、まず経営者自身が自然体でいることが出発点。そのためにも、経営者が自分の内側にある痛みや囚われに気づき、少しずつほどいていくことが大切だと感じています。

最後に、以前のご自身のように壁や葛藤の中にいる人へ、伝えたいことがあれば教えてください。

今改めて思うのは、「一人でやるのと、伴走者と一緒にやるのとではまったく違う」ということです。

たとえば、ヒマラヤに登るときにはシェルパ(※)がいますよね。登るのは自分自身ですが、ルートや危険を知り尽くしたプロが傍にいるからこそ、安心して、より高く遠い場所へと歩みを進めることができます。

内面の探求も同じで、人の心の構造を知っている人と一緒に歩くからこそ、自分一人では辿り着けなかった場所まで行けると思うんです。

私もそうでしたが、経営者には「自分でなんとかしなければ」と考える人が多いと思います。でも、本当に登りたい山があるなら、その領域の専門家と一緒に登ることもぜひ考えてみてほしい。特に自分と向き合うのは終わりのない長い旅だからこそ、孤独に進もうとせず、一緒に歩ける存在を見つけてほしいと伝えたいですね。

(※)シェルパ(Sherpa):ネパールのヒマラヤ山脈周辺に居住するチベット系の少数民族。チベット語で「東の人」を意味し、高い高山適応能力と卓越した登山技術を活かして、ヒマラヤ登山のガイドや荷物運び(ポーター)を職業とする人々として世界的に知られています。

Writer’s note

山本さんのお話を通じて、私自身もまた「評価されなければ」という思いに長く影響を受けていたことを思い出しました。

そうした思いを強く持っていた頃の私にとって、他者との関係性は、「評価する/される」という、どこか緊張感のあるものだったように思います。何を与えられるか、どんな価値を持っているか。そんな物差しを、自分にも、他者にも当ててしまっていました。

けれど、その物差しを少しずつ手放していく中で、ありのままの自分でいても離れていかない人がいることを知りました。価値を証明しなくても、関係は続いていく。その安心感に触れたとき、私自身もまた、誰かのありのままを受け入れられるようになっていった気がします。

そして気づいたのは、私を苦しめていたのは、特定の誰かや社会のあり方ではなく、世界を「評価し、分けて見る」という自分自身の見方だったということです。

内面と向き合うことは、決して自分の中だけに閉じた営みではない。自分を縛っていた前提がほどけることで、人との関わり方や、世界の受け取り方にも変化が生まれていく。 山本さんのお話から、そのことを改めて感じました。