分離からインタービーイングへ〜 新しいパラダイムを生きる
Writing by Yumi Asari
リーダーシップ

もしもあなたが詩人なら、この紙のうえに雲が浮かんでいるのが、はっきり見えることでしょう。
雲がなければ雨は降りません。雨が降らなければ、木は育ちません。
そして木がなければ紙はできないのですから、この紙がこうしてここにあるために、雲はなくてはならないものなのです。
もしここに雲がなかったなら、ここにこの紙は存在しません。
それで雲と紙はインタービー(相互共存)しているといえるのです。……
「ここにある」とは「ともにある」ことです。
私たちが、あるいは、何かのものが、ただ自分だけで存在するということはありえないのです。
私たちは、ほかのすべてのものとともに存在しているのです。
一枚の紙がここにあるのは、ほかのあらゆるものがここにあるからなのです。
──ティク・ナット・ハン
インタービーイング(相互共存)という視点は、私たちが分離した個として存在しているのではなく、無数のつながりの中に編み込まれた存在であることを思い出させてくれます。
そうした感覚を土台に、互いに支え合い、活かし合う関係が自然に広がっていく世界
——それが、Healing Flowが思い描く「より美しい世界」です。
その世界観はどのように生まれたのか。
そしてそれを、どのように実現しようとしているのか。
代表・大野誠士の歩みをたどりながら、その背景にある原体験や探究のプロセスをひも解きます。

Healing Flow 代表 大野 誠士 Seiji Ohno
ソマティック・エクスペリエンシング®認定プラクティショナー
レイ・カステリーノ周産期セラピー基礎トレーニング 日本人初の卒業生
California Institute of Integral Studies 元専任教員・准教授(ソマティックカウンセリング心理学部)
神話学・深層心理学修士 / ソマティックカウンセリング心理学修士
深層心理学と身体知、そして叡智の伝統を統合したホリスティックなアプローチで、個人と社会のトラウマに働きかけている。企業経営者、政治家、教育関係者、助産師、心理士などへの個人セッションから、企業・福祉施設への組織支援まで幅広く展開。また、コミュニティ、水の循環、環境再生、お産、女性のエンパワメントをテーマとした映画の流通支援や対話を促すことを通じて、社会の意識変容とシステム変革に取り組むことをライフワークとしている。
「このやり方では、全員は幸せになれない」という直感
これまで人の内面に深く関わる探究を続けてきたと思いますが、そもそもその関心はどこから生まれたのでしょうか?
出発点にあったのは、「成果を出し続けることが前提となる、右肩上がりの成長の物語の中にはもう居続けられない」という感覚だったと思います。
私は小学校から大学までテニスに打ち込み、競争の中で成果を上げることがよしとされる世界を生きてきました。その中で大きな転機になったのが、大学最後の大会です。
団体戦の勝敗を左右する場面で逆転勝ちを決めるという、いわば一番おいしい場面で勝ったのですが、その時に感じたのは喜びよりも肩の荷が降りたような安堵感だったんです。仲間が歓喜する一方で、対戦相手は泣き崩れている。その光景を見たときに、「このやり方では、全員が幸せになることはできないんだ」と感じました。
そこから、これまでの生き方には戻れない感覚が生まれ、じゃあ自分はこれからどこに向かえばいいんだろう? という問いを持つようになったんです。
それから、アメリカに渡ったんですね。
はい。卒業後はアメリカ留学が決まっており、法学部だったためロースクールに進むつもりでしたが、正直心はついていっていませんでした。
そんな中で出会ったのが、インテグラル心理学という領域です。人の成長を「成果や能力の積み重ね」ではなく「意識の変化のプロセス」として捉える考え方に触れ、自分の進むべき方向に初めて手がかりが見えたように感じました。そこですがるような思いで、その理論を学べる大学院へ進学しました。
最終的には別の大学院に移り、専攻も神話学・深層心理学へと変えることになったのですが、そうした次のステップにつながる学びを得ることができました。
専攻を変えたのは、どうしてだったのでしょう?
当初の大学院での学びは理論中心で、思っていたような自己変容の実感は得られなかったからです。当時はまず自分自身が変わる必要性を強く感じていたため、より実践的な環境を探すようになっていきました。
その過程で学外で出会ったのが、「ダイアモンドアプローチ(※)」という内的探究の実践体系でした。リトリートに参加し、意識の深い層に触れる体験をしたとき、直感的に「この感覚が大事なんだ」と感じたんです。
それからは大学院での学び以上に、この実践が探究の中心になっていきました。
成長の物語に違和感を持ったとき、社会の仕組みではなく、まず自分自身を変えようとしたのはなぜだったのでしょうか。
意識的に選んだというより、結果的にそうなったという感覚です。今でこそ、社会の変化は一人ひとりの意識の変化から始まると考えていますが、もしかしたらそのことを、当時からどこかで直感していたのかもしれません。
そうやって自己変容に打ち込んでいたら、結果的に14年間アメリカに留まることになりました。自己変容のプロセスは、深めるほどに新たな課題やより深い層が現れ、途中で区切れるものではなかったからです。
その過程で、日本でいう臨床心理士の資格を取得したり、准教授として大学院で教える機会を得たりもしましたが、自分の中では常に自己変容の探究が中心にあり、その傍らで仕事をしていたような感覚でしたね。
(※)ダイアモンドアプローチ…古代のスピリチュアルな教え(スーフィズム、仏教、キリスト教など)と、近代心理学(対象関係論、トラウマ理論、愛着理論など)を統合した内的探究の実践体系。思考だけでなく体験を通じて、自我の構造と、自我を超えた本質(エッセンス)に気づいていくことを重視する。

垂直の探究から、水平の共創へ
長い探究の期間を経て、日本に戻ったんですね。帰国後はどんな活動をしていたのですか?
実は帰国時点では、何をやるかまったく決めていませんでした。そこでまずはアメリカでの経験を振り返り、「自分はこれから何をやっていくのか」という意図を書き出してみることにしたんです。
するとその翌朝、ある会社から「社長にセッションをしてほしい」という連絡が届きました。意図を書いた直後に依頼が来たことで、「次はこれをやるんだな」と自然に思え、そのまま個人事業主として開業することに。最初は一人へのセッションから始まり、徐々に依頼が広がっていきました。
セッションでは主に、対話や身体感覚への働きかけを通じて内面を見つめていきます。その中で、リーダーの未解決の傷が、無意識のうちに事業や組織に影響しているケースにも多く出会ってきました。外側の課題だけでなく、自分の内面に目を向け、癒していくことの大切さを再確認しましたね。
並行して、コミュニティやイベントなどの場づくりや、ホースウェルネスプログラム(※)の設計などにも、自然な流れの中で取り組むようになりました。
内的世界の探究という「垂直方向の旅路」に一区切りがついたからこそ、その知恵を社会に広げていく「水平方向の旅路」が始まったようにも思えます。
まさにそうだと思います。また垂直といっても一方向ではなく、上下の両方をやっていたという感覚があって。一つは、トラウマや深層心理に向き合う「下に降りていく旅」。もう一つは、より大きな意識の広がりに触れる「上に開いていく旅」です。
本来この二つは一つの道なのですが、実際はどちらかに偏りがちです。例えばスピリチュアルな領域では上に、心理学的な領域では下に偏りやすい。個人的には、その両方をやることではじめて本質に触れられると感じているのですが、日本では特に上方向の探究は現実社会と切り離されやすく、怪しまれることも少なくありません。
その両方を経験してきたからこそ、自分に担える役割があるのではないか、という感覚がありました。
(※)ホースウェルネスプログラム…人、馬、自然との関わりを通じて、調和的なつながりを体感しながらウェルビーイングを高めていく実践プログラム。

自立の先にある、しなやかなつながり
その後、Healing Flowという法人を立ち上げた理由を教えてください。
数年前に「Healing Flow」という言葉がふと浮かび、それが自分のやろうとしていることの意図を表しているように感じたんです。
それは、さまざまな領域で滞ってしまっている、本来の自然なつながりの流れを癒し、再生していくこと。そして自分自身も、その癒しの流れそのものになっていくことです。そのためには、自分自身がある程度透明になっている必要がある。その準備としてこれまでの探究の時間があったのだと、後から腑に落ちました。
個人名での活動ではそうした意図までは伝えにくいと感じ、より大きな意図を受け止める器として、法人化を決めました。
Healing Flowでは、事業意図や理念のなかで「分離のパラダイムからインタービーイングのパラダイムへ」という言葉を繰り返し使っていますよね。そのような価値観を軸に据えているのはなぜですか?
個人的に、個人の発達と社会の変化は、似たプロセスをたどっているのではないか? という仮説を持っていて。
例えば乳児は、母親と一体のような状態から始まり、やがて自意識が芽生え、自立していきます。その流れは、一体性の強い共同体的なあり方から、個人主義的なあり方へと移行してきた社会の変化とも、どこか重なるように感じたんです。
そして発達心理学では、その先に「再接近」と呼ばれる段階があります。自立を果たしたあとに、自分が万能ではないと気づき、あらためて他者との関係性を結び直していくフェーズです。
そう考えると、社会においても次に訪れるのは「自立していること」と「つながっていること」を両立させる段階なのではないか、という直感がありました。そしてその状態を、インタービーイングという言葉で表せるのではないかと思ったんです。
自立とつながりを両立しているのが、インタービーイングの状態だと。
分離と自立を軸にしたこれまでのパラダイムは、個人の力を大きく引き出してきました。一方で、その過程で他者や自然とのつながりが失われ、孤独感や分断、そして地球環境との不調和が生まれやすくなっているとも感じます。
その結果、個としては以前より力を持っているはずなのに、満たされなさや不安が残り続ける。そんな構造になってしまっているのではないかと思うんです。
とはいえ、自立や個のユニークさには確かな価値もある。だからこそ単に過去のあり方に回帰するのではなく、それらの価値を携えたまま、つながりを新たに結び直していくことが重要だと考えています。

一人ではなく、関わりの中で体験する
インタービーイングの感覚は、どのように育んでいけるのでしょうか?
一人で理解しようとするのではなく、誰かと共に、あるいは場やコミュニティの中で体験していくのがいいと思います。そもそもインタービーイングの感覚は、他者との関わりの中で立ち上がるものだからです。
具体的には、その感覚をすでに体現している人の質感に直接触れたり、周産期ワーク(※)などの体系化されたアプローチを体験したりすることが挙げられます。そうした体験を重ねる中で、「人は本来、こうやってつながれる存在なんだ」という実感が育まれていきます。
「全体の一部である」という感覚はわかる気がする一方で、「個でありながら、同時に一部でもある」という感覚は、少し捉えづらい気もします。
例えるなら、量子力学でいう「粒子であり、波でもある」という状態に近いかもしれません。人間も同じで、「個であるか、つながっているか」の二者択一ではなく、両方の性質を併せ持っている。状況によって、どちらの側面が前に出るかが変わるだけなんです。
そうした一見矛盾するあり方を、頭で理解しようとするのではなく、身体感覚として馴染ませていくこと。その積み重ねが大切だと思います。
(※)周産期ワーク…妊娠期から誕生、生後にかけての「言葉になる前の体験」に働きかけるワーク。人生の根源的な安心感や対人パターンの形成に深く関わるこの時期の記憶を、身体知と心理学を統合した手法で丁寧に癒やすことで、単なる過去のトラウマ解消に留まらず、本来の生命力が自然に流れ出す状態へと整えていくもの。

ギフトを持ち寄り、共に育む生態系
最後に、Healing Flowがこれからどのように広がっていくイメージを持っているか、教えてください。
関わる人それぞれが固有のギフト(才能)を持ち寄り、お互いの可能性を引き出し合いながら、全体として育っていく。そんな生態系のような広がり方をイメージしています。
そのイメージに近いのが、批評家の宇野常寛さんのいう「庭」というメタファーです。庭は、人が手を入れながらも、すべてをコントロールするのではなく、予想を超えた生き物の訪れや変化を受け入れる場所でもある。Healing Flowも同じように、意図を込めて場をひらきながらも、何が起きるかをコントロールしすぎず、自然の流れに委ねていけたらと考えています。
そのうえで、大切にしたいことはありますか?
関わる人がそれぞれのギフトを発揮し、その人なりの変化や収穫を持ち帰れるような関係性でしょうか。
インタービーイングの体感が深まると、「関係性そのものが自分である」という実感も育ってきます。たとえ自分に直接的なリターンがなくても、相手に起きた良い変化が周囲に広がることで、結果として自分にも影響がある。そんな感覚があるんです。
だからこそ目に見えるリターンにとらわれず、直感的に響き合うものがあれば、まずは一緒にやってみたい。まだ試行錯誤の途中ではありますが、そうしたあり方をともに探っていける方々と出会えたら嬉しいです。
